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天引きされている社会保険料はどうしてこの金額なの? ポイントは4~6月の残業時間!

社会保険労務士(社労士)でもあるファイナンシャル・プランナーの中村薫先生が教えてくれる「だれも教えてくれなかった社会保障」シリーズ。今回は、社会保険料がどうやって決まるかの仕組みについて伺いました。

会社員の方の場合、毎月給与から数万円の社会保険料が控除がされていて、「なんでこんなに天引きされているんだろう……?」と、一度は疑問に思うかもしれませんね。その疑問を、中村先生が解説します!

※専門的な用語をできるだけわかりやすい用語に置き換えています。また、詳細な説明を省略しているため、すべての要件まで触れていません。
※当記事では、2023年11月時点の制度をご紹介しています。


「4~6月に残業しないほうが良い」といわれるのはなぜか?


社会保険労務士、ファイナンシャル・プランナーの中村薫さんの写真
中村薫さん

中村:天引きされている社会保険料って、なんでこの額なんだろうって疑問を持つ方も多いと思います。今回は、社会保険料のうち一番大きな金額を占める健康保険料と厚生年金保険料の決め方をメインにお話しします。
「4、5、6月に残業しないほうがいいよ」って話を耳にしたことはありませんか?

──ありますね。ただ、それがどうして社会保険料の金額に関わってくるのかまでは意外に知られていませんよね。

中村:そうですね。給与から天引きされている社会保険料の内訳を見ると、健康保険厚生年金保険、それから雇用保険の3つの保険料があるんです。それに加えて住民税所得税が天引きされます。社会保険料と税金、この2つが基本的に天引きされるものですね。

それ以外にも会社の労働組合があればその組合費が引かれたり、財形貯蓄制度を利用していたりすると、追加で天引きされているものもあるかもしれません。

給与の金額は、毎月の残業量などでも変わります。社会保険料は、「給与の何パーセント」と決められています。その月ごとに受け取る給与次第で保険料も都度変わってしまっては、みなさんも混乱しますし給与を支払う会社も大変ですよね。
そこで、1年に1回、4、5、6月に支払われた給与を平均して、個人の給与がおおよそどれくらいなのかを定めて、そこから一定のパーセンテージ分を社会保険料として1年間天引きする仕組みとなっています。そのため、4、5、6月の給与が、社会保険料がいくらになるかに直結しているのです。

ところでその3ヶ月に受け取る給与は、月末締めの翌月払いなどであれば実際には3、4、5月の働きぶりで決まると思います。ともかく4月1日から末日の間に支払われた給与が4月の給与、そして5月、6月も同様で、その合計を3分の1にして、1ヶ月分の平均給与額を算出します。

しかし、これらの給与の元になる期間(たとえば前月)に残業をたくさんすると、その期間の給与が高いことによって、次の1年間に支払う保険料が高い水準に決まってしまいます。そうすると残業がない他の月の保険料負担感が高くなり切ないですよね。

そのため「もしも残業する必要性が高くないなら、控えめにしたほうが社会保険料の負担が軽くなる」から、「4、5、6月は残業しないほうがいい」といわれるのです。ただ、実際には前月働いた分が翌月支払われる会社なら「3、4、5月には残業しないほうがいいよ」という話になります。

──4、5、6月は残業しないようにと気を付けていたけれど、自分の勤め先は翌月払いなのを忘れていて、3月に残業をその分多くしていたから結果として社会保険料が上がってしまった……なんてことにならないように気を付けたいですね。


天引きされている社会保険料って、なんでこの金額なの?


社会保険労務士、ファイナンシャル・プランナーの中村薫さんの写真

中村:厚生年金の保険料率は全国どこでも同じ18.3%になっています。一方で、健康保険の保険料率は、都道府県ごとに違い、全国平均は10%です。合わせると、給与から28.3%が健康保険料と厚生年金保険料として引かれているので、給与が10万円の人だと、2万8,734円で約3万円。80万円の人だと19万7,950円で約20万円が保険料になります(令和5年度、協会けんぽ、東京都、40歳未満の例)。ですが、実際にはそんなに多く引かれていないですよね? なぜかというと、社会保険料の半分は会社が出してくれているからです。

──保険料はどのように決まるのか、具体的に伺いたいです。

中村:では、中小企業などをはじめとした多くの企業で加入することになる「協会けんぽ」の例を見てみましょう。

協会けんぽでは、給与の額に応じて5万8,000円~139万円の全部で50等級と、段階を分けて定めています。この等級に合わせて、健康保険料がいくらで厚生年金保険料がいくら、と決まります。そして、その金額の半分が給与から天引きされているんです。ボーナスからも健康保険料、厚生年金保険料ともに天引きされていますが、こちらの表は給与に関する天引き額だけが書かれた東京都のものです。

令和5年3月分(4月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表(東京都)
【健康保険料】

【厚生年金保険料】

出典:協会けんぽ「被保険者の方の健康保険料額(令和5年3月~)」より抜粋
※介護保険第2号被保険者:40歳以上の人

中村:例えば自分の給与が30万円なら、22等級のところを横に見ていくと、健康保険料の折半額が1万5,000円、厚生年金保険料が2万7,450円となっていますね。

給与明細などを見て、控除の欄に同じ額が書いてあったら、「なるほど正しいな」と納得して問題ないでしょう。

「あれ? でも、今もらっている給与は35万円だったはずだけどな?」となると、ちょっと疑問に思わないといけません。会社側に何かの手違いがあって、間違った金額で登録がされているかもしれないからです。支払う保険料が少ないとラッキーと思うかもしれませんが、それは将来受け取れる年金や手当の額も少なくなる、ということなので、すぐに訂正をしてもらいましょう。

ただ、金額が一致していなくても問題ないケースがあります。
一つは9月までの間に保険料を確認したケースです。その年の4月~6月の給与を元にした、新しい保険料は9月分(多くの場合10月の給与)から天引きされるからです。それまでの間は去年の天引き額のため思っていた額と違ってもひとまずOKでしょう。

もう一つは、10月以降に保険料を確認したけれど、4、5、6月のときより給与がアップ(あるいはダウン)していたケースです。確認時点の給与と、今年の保険料を定めた時期の給与が異なる場合、給与変動で保険料も変わるかどうかはケースバイケースです。変動額が一定以下の場合は保険料はそのままとなるため、差があるケースもありえます。

いずれにしても、辻褄が合うかどうか定期的に確認することが大切です。

──以前と比べると給与も上がっていて、併せて保険料も変わっている、というときには間違いが起きても気付きづらいかもしれませんね。私も定期的にチェックをしようと思います。

【中村先生のひとことコラム】
コロナ禍で移住をして、住んでいる拠点と勤務地が異なるという人も増えたかもしれません。他県の自宅で在宅勤務をしているけれど、勤務先は東京といった場合には、どちらのエリアが基準になって保険料率が決まるのか。その場合は、会社の事業所がどこにあるかが基準になりますね。事業所が複数拠点あるのであれば、勤務している事業所がどこなのかがポイントです。


春だけ残業が多くて社会保険料が高額になってしまったら、負担を軽減することはできる?


──では、「4、5、6月は残業しないほうがいい」とは知っていたけれど、その時期に残業が多くなってしまった……というケースでは、対処法はあるのでしょうか。

社会保険労務士、ファイナンシャル・プランナーの中村薫さんの写真

中村:新しい年の保険料算定基準になる期間(4月~6月)とそれ以外の期間で大きな差があり、年間平均の給与に対する保険料を計算すると、年間平均のほうが低くなる場合があります。その場合には、天引きされる保険料を年間の平均給与を基準にした方にしてもらう例外的な方法もあります。

要件としては、そういう状態が毎年のように起こっている、というのが要件その1。それから、本来の給与を基準にした等級から2等級以上の差がある、というのが要件その2。これらの要件が満たされていた場合については、その人の保険料負担が大きくなってしまうので、希望すれば年間の平均給与で保険料を計算してもらえるんです。

こう聞くと、じゃあ保険料を下げたい、という人もいるでしょう。しかし、繰り返しになりますが「保険料を下げる」ことはもしものときに公的な制度から受けられる一部の保障も小さくなるということです。その点を踏まえて判断することが重要です。

──会社員の方の場合、4日以上病気やケガでお休みしたときに受け取れる傷病手当金や、出産時に受け取れる出産手当金、そして各種の年金など、保険料を下げたときの影響範囲は広そうですね。

中村:そのとおりです。保険料をできるだけ下げたい気持ちもわかりますが、デメリットもあるんですよね。

さて、9月だったり1月だったりとタイミングはそれぞれでしょうが、昇給や減給、資格の取得などにより給与が大幅に変わることがあるかもしれません。そういった固定的な収入の変化が起き、それが3ヶ月続いたときには、その収入額が固定して続いていると判断されます。そうすると、会社はその固定的な賃金をもとに報告するので、健康保険・厚生年金の保険料の基準になる給与が変わります。これを「随時改定」といい、これは毎年4月~6月の定期的な保険料の改定(定時決定)を待たずに行われます。

随時改定が行われる主な条件は、昇給・減給した金額の支給が3ヶ月続き、保険料等級にして2等級以上の差が出た場合になります。もし2等級以上の差がなければ給与が多少上下したとしても、次の定時決定で変更されるまで保険料は変わりません。

──年間平均の要件に該当していなかったり、保障が小さくなることを避けたいというニーズがあったりもしますよね。結果的に保険料が上がることになり、それがずっと続くのなら判断も難しくなりますね。一度決まった保険料というのはいつからいつまで適用されるのでしょうか。

中村:保険料の算出から適用されるまでの流れでいうと、会社は4、5、6月の社員の給与をもとに、毎年7月10日までに全員分の保険料に関する届け出を行います。社労士として私もその作業に携わっていましたが、結構大変なものなんです(笑)。それが終わると、国が問題ないかを確認して、9月から新しい保険料が適用されます。

つまり、その年の9月~翌年8月までの1年間、決まった保険料率をもとに天引きされていくことになります。

後編では、保険料率と健康保険や厚生年金から受け取れる給付の関係について伺っていきます。

*後編はこちら↓

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<クレジット>
取材/ライフネット生命公式note編集部
文/年永亜美(ライフネット生命公式note編集部)
撮影/村上悦子

<プロフィール>
中村薫(なかむら・かおる)1990年より都内の信用金庫に勤務。退職後数ヶ月間米国に留学し、航空機操縦士(パイロット)ライセンスを取得。訓練中に腰を痛め米国で病院へ行き、帰国後日本の保険会社から保険金を受け取る。この経験から保険の有用性を感じ1993年に大手生命保険会社の営業職員となり、1995年より損害保険の代理店業務を開始。1996年にAFP、翌年にCFP®を取得し、1997年にFPとして独立開業。2015年に社会保険労務士業務開始。キャリア・コンサルタント、終活カウンセラー、宅地建物取引士の有資格者でもある。
●なごみFP・社労士事務所