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知識があれば、怖くない。認知症介護が始まったらやるべきこととは?──上大岡トメさん×黒田尚子さん

2024年9月、介護やお金に関する不安や心配も少し軽くなりそうな、楽しく役に立つ対談が行われました。
登場したのは2024年4月に『マンガで解決 親の認知症とお金が不安です』(主婦の友社)を出版されたイラストレーターの上大岡トメさんと、本書の監修のお一人であるファイナンシャルプランナーの黒田尚子さん。
 
親が認知症になったらどうしよう、どんな準備をすればいいの? 誰もが気になる点や不安な点を、認知症の父を看取り、認知機能が低下している母の介護を実践されてきた上大岡さんと、制度に詳しく、介護を経験されているお金のプロ・黒田さんがポジティブに紐解いてくれました。身になるアドバイスや心にいつも留めておきたい名言が飛び交った対談の模様をお届けします。

※この記事の内容は2024年9月時点のものです。


介護は「親のお金・人脈・情報」の3つの柱で回していく


──お二人は以前、『マンガで解決親の介護とお金が不安です』(主婦の友社)も出版されています。今回はその第2弾ですよね。

上大岡:『親の介護とお金が不安です』の担当編集者と私は同い年で、一緒に子育てに関するコンテンツを手掛けてきました。お互いに年をとる中で、親の介護をする世代になり、親の今後について不安を覚えるようになったんです。何が不安かというと、その中心は「お金」。お金の話といえば、これはもう黒田先生に聞くしかない! と紹介してもらって、第1弾を出すことができました。 

黒田:初めてお会いしたときに、介護とお金について一通りレクチャーしたのをよく覚えています。3時間ぐらいかけて講義しましたよね。終わったあとはみんな、プシューと空気が抜けたかのような抜け殻状態(笑)。『親の介護とお金が不安です』『親の認知症とお金が不安です』の2冊は、作り手側もみなさん親の介護の経験者なので、すごくリアルな本に仕上がりました。前回の本は「読んでいてつらくない介護本」と言われましたが、今回も同じような反応です。トメさんのやさしい雰囲気のイラストがあるから、介護はいろいろ大変だけど、頑張ろうと思えるんですよね。

上大岡:最初の黒田先生とのレクチャーで頭はいっぱいいっぱいになりましたが、救いは「親の介護は親のお金の範囲で」という言葉。「あ、それでいいんだ」と思えてすごく安心しました。
「介護はお金と人脈と情報の3つの柱で回していく」も私にとって有益なアドバイスで、これならやるべきことがわかる、と思いました。不安というのは「よくわからない」状態から生まれますよね。私も不安で何をどうしたらいいのかわからなかったのですが、黒田先生のお話を聞いて、行くべき道筋が見えてきた! と思いました。

黒田:私は、親が介護されるのだから親の金で賄うべきだと思っています。いずれ財産を相続することを考えて、一時的に子どもが立て替えておくという考え方もアリだとは思いますが、これから先も含めて全部で介護にいくらかかるかわからない。子ども世代も晩婚・晩産化傾向にあるので、親の介護に、自分たちの老いも重なってきます。自分自身の老後にも影響しますから、介護は親のお金で賄うのが前提だとお伝えしています。

(左から)黒田尚子さん、上大岡トメさん。山口県在住の上大岡さんとオンラインで対談を実施しました

上大岡:本当にそうですね。情緒に流されてはいけない、というと冷たい言い方に聞こえますが、月1万円でも親に仕送りを始めてしまうと、それがいつまで続くかわからないわけですよね。今の自分には1、2万円の負担ぐらい平気でも、年をとってからも大丈夫とは限らない。どこかでラインを引く必要がありますが、ラインを引くには親の財布事情をまずは知らないといけない。これが大きな山でした。

黒田:親のお金の事情をどのように聞き出せばいいか、私も最近よく尋ねられますが、親自身からお金の話を切り出してもらわないとなかなか難しい。親の立場からすると、懐具合を把握されて「これしかないのか。」と思われるのもいやですし、プライドもありますよね。逆に財産がたくさんあって、子どもたちにあてにされるのもいや、という方もいると思います。デリケート問題なので簡単ではないですが、トメさんのところはその点、スムーズに進んだほうではないですか?

上大岡:うちはありがたいことに、母が資産のノートを作ってくれていました。早く自分たちの資産を娘二人に伝えないといけないと考えていたんですね。でも、父は「まだ早い。まだ言うな」と最後まで渋っていました。結局、父が出かけた隙に、姉と私が母から聞いたんです。

黒田:収入があっても貯蓄を使ってしまっている可能性もありますからね。早めに把握することが肝要です。

知識は必ず味方になる。プロの力も頼って


──上大岡さんは現在、神奈川県にお住まいのお母さまの介護をされているとのことですが、お母さまの要介護度はどのぐらいですか?

上大岡:自宅で過ごしていた頃は要介護度3でしたが、有料の介護型老人ホームに入ってからは2に下がりました。ただ、認知能力がかなり低下していて、何度説明しても理解できないんですね。「ここの施設を使う費用は大丈夫なのか」と繰り返し何度も聞かれます。もう孫のこともわからなくなっていますが、不安という感情だけは残っているようです。

黒田:認知症の方に多いトラブルに、記憶力・判断力の低下によって同じものをたくさん買ってしまったり、不要なサービスなどを契約してしまったりする買い物関連のことがありますが、お母さまは買い物で無駄な出費が増えることはなかったですか。

上大岡:在宅介護時から認知能力が下がっていましたが、ヘルパーさんやケアマネジャー(介護支援専門員、以下ケアマネ)さんが出入りしていたので、特に無駄な出費はなかったですね。

【ケアマネジャーとは】
介護を必要とする人ができる限り自立した生活を送れるように、状況に応じて適切なサポートをするスペシャリスト。ケアプラン(介護サービスの提供に関する計画)の作成や、行政・サービス事業者・施設等との連絡調整などを行う。

黒田:プロの手を借りることは大事ですね。

上大岡:すごく大事です! 特に私は山口県から遠距離で介護をしていたので、ケアマネさんには本当に助けられました。いつも電話で打ち合わせをしていたのですが、例えば介護ベッドを入れるときは「費用はこれくらいかかります」と即座に教えてくれる。私は介護保険についてあまりよくわかっていなかったのですが、ここまでは介護保険、ここまでは自費でというラインがつかめました。

黒田:ケアマネさんが提示したケアプラン(介護サービスの提供に関する計画)に対して、トメさんから例えば「デイサービスを増やして」などの自分の希望は伝えたことはありました?

上大岡:うちの場合は、ヘルパーさんが訪問する回数を増やしてもらいました。火の扱いなど、母の安全が一番気がかりだったので、人の目が一日に何度も入るようにしました。訪問介護士さんや、お弁当を持ってきてくれる配食の方にも、両親の様子をのぞいてくれるようにお願いしていましたね。

黒田:要介護度に応じて、介護サービスの支給限度額がありますが、限度を超えることはなかったですか。

上大岡:ほぼ限度額内でやっていましたが、ヘルパーさんは土日もお願いすると限度額を超えてしまうため平日のみ来ていただき、普段は私と姉が行き、行けないときには自費でヘルパーさんにお願いしました。病院の付き添いも自費負担です。

黒田:そこでかかった費用はお母さんの口座から捻出しましたか。

上大岡:当初は父の口座からですね。その口座に年金もまとめていたので、母の口座には手をつけないようにしていました。父が亡くなった後は母の口座に全部切り替えて、父の口座を解約しました。『親の介護とお金が不安です』を出したころの両親はまだ介護未満で、本を出した後に要介護になりました。専門の先生にすでに取材をしていたので、慌てることがなかった。心強かったです。

黒田:知っていることは強いですよ。

上大岡:何かが起こるたびに「これ、先生がおっしゃっていたとおりのことだ」と思いました。早い段階で黒田先生にご相談し、数字でシミュレーションを出してもらったのも心強かった。
父が亡くなったときも、「知っていてよかった」と思ったことがありました。施設に入って4ヶ月で亡くなったのですが、入居時の一時金を払わないゼロプラン※があることを知っていたので、払わなくて済んだんです。やはり、知っているのと知らないとでは大きな違いです。将来の支出が数字でわかっていたら不安になることもないと思います。
※入居一時金が低いプランの施設は通常のプランよりも月額の費用が高くなる場合があります

親の認知症を疑ったらまずは口座を確認しよう


──お二人のお話から「知っておくこと」の重要性を痛感しました。ここで改めて、親が認知症かもしれないと思ったときにやるべきことを教えてください。

黒田:まずは銀行口座の確認です。どの口座にいくらぐらいあるのかと、年金額、つまり収入と財産がどれくらいあるかをチェックしてください。認知機能が低下すると、銀行から口座を凍結される可能性があります。トメさんの場合、お母さまの生活費はお父さまの口座から引き落とされていましたが、そちらが凍結されると配偶者の収入が絶たれてしまいますよね。ご両親が健在だったら、持っているお金を確認して、使っていない口座を整理しましょう。これは本人が手続きをするのが一番簡単です。お金もかかりません。

上大岡:私も、子どもが一緒についていって本人が手続きするのが一番いいと思います。認知機能が下がると、不安になって抵抗感も強くなりますから。

黒田:転勤が多いご家庭だと、引っ越しするたびに口座を作っていてそのまま、というケースも多いと思います。それらを解約して一つにまとめていった方がいいですね。

上大岡:口座のたびに印鑑が違っていたりすると困るんですよね。取材の中で、家に印鑑が20本もあってどれかわからないから全部持っていって、銀行で試してもらったという話も聞いたことがあります。

黒田:「あるある」ですね。まずは財産を洗い出すことですが、財産はプラスのものばかりとは限りません。マイナスの財産があるかもしれない。相続を放棄するにしても3ヶ月以内に手続きをする必要があるので、とにかくプラス・マイナス含めて資産の洗い出しをするのが先決です。

上大岡:資産はなるべく早く教えてもらったほうがいいですよ。私の場合、黒田先生の教えに沿って、あちこちに散らばっていた口座をひとつにして、定期預金を普通預金に戻すことから始めました。
母はお金のことはわかっていたのでスムーズでしたが、問題は父。認知症が進んでいたのでわからないんですね。定期預金を普通預金に戻すと自分のお金じゃなくなると思い込んでいました。変更の手続きをすると銀行から確認が入るじゃないですか。
家で私がイラストを書いて父に説明して「普通預金に変えてもお父さんのお金のままだから。安心だからね」と納得してもらったのに、銀行に行っている間に考えが変わってしまうんです。結局、最後までだめでした。
幸い、母のケースでは口座の移行に支障はなかったのですが、認知力が下がるとどうしてもお金のことが不安になるようです。

黒田:不安はどうしても残りますね。でも早く動けば、突破口はありますから。

*後編に続く

<クレジット>
取材/ライフネット生命公式note編集部
文/三田村蕗子
撮影/村上悦子

<プロフィール>

黒田尚子(くろだ・なおこ)
1969年富山生まれ。立命館大学卒業後、1992年(株)日本総合研究所に入社1998年、独立系FPに転身。現在は、各種セミナーや講演・講座の講師、新聞・書籍・雑誌・ウェブサイトへの執筆、個人相談等で幅広く活躍。2009年12月に乳がんに罹患し、以来「メディカルファイナンス」を大テーマとし、病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動も行っている。CFP® 1級ファイナンシャルプランニング技能士、CNJ認定 乳がん体験者コーディネーター、消費生活専門相談員資格を保有。
黒田尚子FPオフィス

上大岡トメ(かみおおおか・とめ)
東京生まれ横浜育ち、山口県在住。1988年東京理科大学工学部建築学科卒業、イラストレーターに。著作にミリオンセラーの『キッパリ!たった5分間で自分を変える方法』(幻冬舎/2004年)、『老いる自分をゆるしてあげる。』(幻冬舎/2021年)ほか。2021年に黒田尚子さんが読み手を務めた『マンガで解決 親の介護とお金が不安です』(主婦の友社)を出版し、2024年に同社よりシリーズ第2弾となる『マンガで解決 親の認知症とお金が不安です』を発表。新作では黒田さんに加え、認知症や地域医療に詳しい杉山孝博医師も監修を務めている。