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どんな老後を生きるか? 認知機能の低下に備えてやるべきこととは──『親の認知症とお金が不安です』上大岡トメさん×黒田尚子さん

2024年9月、イラストレーターの上大岡トメさんと、ファイナンシャル・プランナーの黒田尚子さんによる対談が行われました。お二人とも介護の経験があります。
2024年4月に刊行された『マンガで解決 親の認知症とお金が不安です』(主婦の友社)の著者である上大岡さんと、監修を務められた黒田さんによる対談の後編は、前編に続き実体験に基づいた貴重なアドバイスと名言が続々と飛び出しました。

<前編はこちら>

※この記事の内容は2024年9月時点のものです。


どんな介護を受けたいのか、希望を聞いておく


──ここまでのお二人のお話で、親が認知症かもしれないと思ったらまずは口座の確認をすべき、ということがよくわかりました。 

黒田:そうです、財産の棚卸しです。注意したいのが財産にはプラスだけではなく、マイナスの財産もあること。借金があるからといって相続を放棄すると、プラスの財産も失われてしまいます。また相続放棄の手続きは基本的に3ヶ月以内に行わなければなりません。プラスもマイナスも含めて迅速に、資産の洗い出しをしてくださいね。

また、在宅介護にするのか、施設介護を選ぶのかなど、どこで、どのような介護を受けたいのかを本人の判断能力がはっきりしているうちに聞いておきましょう。ただ、漠然と、最初は在宅で介護をして、いずれ、要介護度が上がったり、在宅介護が難しくなったりしたら施設に入るパターンを希望される人が多いですが、本人が「施設に入る」と言っていても、いざその場面になると「自宅から離れたくない」と気持ちが変わることもあります。それも踏まえて、とにかく事前に意思を確認してみましょう。

上大岡:ちょうどいま、「施設探し」がテーマの本の取材を進めていますが、どのような施設があるのか事前にチェックして見学しておいたことで、何を考えなければいけないのかがよくわかりました。施設介護というカードがあることを知っておくと、仮に親がいきなり倒れて3ヶ月以内に入居先を決めなくてはならない、という事態になっても焦らずに済みます。

黒田:いま暮らしている家が“終の棲家”にならない可能性もありますからね。情報を得ておけば、早めにサービス付き高齢者向け住宅や、見守りサービスや看取りがある施設に移るという選択も可能です。

上大岡:どんな事態にもできるだけ最適なカードを出せるように、自分で複数のカードを持っておくことが重要なんですね。

(左から)黒田尚子さん、上大岡トメさん。山口県在住の上大岡さんとオンラインでつないで対談を実施しました

親に判断能力があるうちに行動を


──判断能力が不十分とみなされると、銀行口座を凍結されることもあると聞きました。

黒田:そうなんです。その場合、法定後見制度を使って後見人が財産を減らさないように保全を行いますが、毎月2、3万円程度(管理財産の金額によって異なる)の費用をその人の財産から専門家に払わなければなりません。しかも、一度始めると亡くなるまでずっと支払いが続きます。そうなる前に財産管理をどうするかを考えたいですね。

本人に判断能力がある間であれば、本人がしてほしいことや後見人を自由に選任できる任意後見制度もありますが、手続きには手間も費用も必要です。さらに、親の財産を管理する家族信託(※1)は、費用等を考えると、ある程度まとまった財産がないと難しい。やはりハードルが高いです。認知症になる前に親と話し合って準備をしましょう。
 ※1 資産の管理・運用・処分ができる権利を家族や親族に任せる、財産管理の仕組みの一つ。

上大岡:あまり気の進む作業ではないし、みんな忙しいのでこの問題は先送りにしがちなのかもしれません。でも、早め早めの行動が肝心ですよね。

黒田:時間とお金は有限です。親もお金がないし、自分たちも余裕がないという人は時間を使うしかありません。情報を使って負担がかからないように準備をする。お金があったとしても、親の介護にだけ使えるわけではないし、お金は貯めるのに時間がかかるので、備えが大事です。

上大岡:私も一度、銀行の家族信託を検討したことがあります。メインで利用している銀行に独自の家族信託があって、私たちが自由に使えるシステムでしたが、父の認知能力が低下して使えなくなりました。わずか1ヶ月の差でした。

黒田:思い立ったが吉日、ですね。

──親の介護について考え始める上で、目安となる年齢はありますか?

黒田:後期高齢者になる75歳が一つの目安になると思います。男性の場合、7割の人が70代半ばから生活能力が低下し、反対に元気で90歳ぐらいまで生活能力が下がらない人が1割ほど、残りは60歳頃から病気がちで下がっていくという、この3パターンに分かれますね。対して女性は90歳まで生活能力が変わらないという人は少なくて、8~9割は70代半ばから徐々に下がっていきます。あとは60代からがんなどの病気で下がっていく2パターンですね。

いまは元気だし、介護に向けて準備をするなんて縁起でもないと思わずに、親が後期高齢者になったら財産を洗い出して、希望する介護の形態についても確認しましょう。そのときには、上から目線で「やってあげる」のではなくて、「一緒にやろう」というスタンスで。

エンディングノート(※2)も活用しましょう。看取りや延命治療、亡くなった後のお葬式やお墓のことだけでなく、最近は高齢者もインターネットを使っていますし、iDeCoやNISAをやっている方も多いので、スマホのパスワードやどこの口座にお金があるのか、いわゆるデジタル資産についても聞いてノートにまとめましょう。
※2 万が一に備えて、自分の死後に必要な情報や周囲の人に伝えたいことを書き残しておくノートのこと。

上大岡:「私も書くからお父さん・お母さんも一緒に書きましょう」という流れもいいですね。

黒田:例えば、テレビを一緒に見ていて「高齢ドライバーが事故を起こした」とか「詐欺にあった」などのニュースが報じられたら、親に「何か対策していることはある?」と聞いてみる。いきなり終活の話を切り出すと相手も身構えるので、普段の会話の中からやってみてください。

上大岡:日常生活の中でテレビを見ながら話せば無理がないですね。私の場合は覚悟を決めて、まずは話しやすい母に「すごく尋ねづらいけれど、この先どうしたい? いつまで自宅で過ごしたい?」と尋ねました。すると母はほっとしたように「やっと聞いてくれた」と答えてくれたんです。それまで入退院を繰り返していたので、本人も聞いてほしかったようです。

黒田:親には聞きづらいといいますが、「慣れ」が大事ですね。日頃からそうした会話を当たり前にしていくと、変化にも気づきやすい。トメさんのお話を聞いてそう思いました。

上大岡:お金のことを話すときには「お父さんの資産のことを知りたいのは、二人が頑張って貯めたお金を無駄にしたくないから」「二人のお金は二人のために使い切りたい」とも繰り返し伝えました。

黒田:親のお金を親のために使い切ってあげよう、という考えは素晴らしいと思います。何千万ものお金を残したまま亡くなる方は本当に多いです。ある調査によると、親から相続した財産の平均は約3,000万円もあります。口座がわからないといずれ休眠口座になり、最終的に国庫に入ることになります。必死でお金を貯めてきたから簡単には使えないという気持ちはわかりますが、親は自分たちのためにいかにお金を使うか考えないといけない。そのためには子どもが聞いておく必要があります。
ただ、ざっくりとでいいんですよ。口座がわからないとたどりようがないので、口座や暗証番号は確認しておく。気持ち的に「まだちょっと早いかな」というタイミングがおすすめです。病気になって体調が悪いときには、お金について聞くのは難しいですよね。

上大岡:本当ですね。

黒田:聞くのなら心身が整っているときが良いですよね。よく、親にこれからのことを切り出す場合は3つの「T」がポイントとお話をしています。1つ目のTは「タイミング」です。もちろん健康が一番ではありますが、ちょっとした病気が治ったときなどタイミングが肝心です。「今後も何かあったら大変だから、将来のことを話しておきたい」と言い出しやすいですし、本人もその重要性を実感しやすいと思います。

上大岡:賛成です。私も母が退院した後、外来の病院のカフェで話を切り出しました。病気の気分がまだ残っている間に言わなければと思ったんです。

黒田:2つ目のTは「単位」です。おすすめは、一対一で話すこと。正月など親族が集まっているときに切り出すと、聞かれた人がみんなから責められているような気持ちになりかねません。理想は親と子どもだけで話したいですね。

そして、3つ目は「タイプ」です。親にも色々なタイプや子どもとの相性がありますよね。親の価値観や考え方を尊重しながら、話を進めることも大切です。

備えをした上で、楽しく生きよう


──親が認知症かもしれないと思ったときに、他にやっておいた方が良いことはありますか?

黒田:地域のサポート体制について調べておくと良いですね。トメさんはどうでした?

上大岡:私は、著書の取材を通して認知症の専門家である杉山孝博さん(上大岡さん著書の監修を担当)の話を聞いていたことで、ずいぶんと助けられました。認知症とはどのような病気で、家族はどう対応したら良いのか、具体例を聞いていたのが役に立ったんです。父が認知症になったときには性格の変化などに葛藤しましたが、認知症になっても本人でなくなるわけではなく、ただ変化しているだけで、本質的な性格は変わらないと教えてもらっていたので、「これが人なんだな」「人も生物なんだな」と理解できました。
私の場合、父と母に加えて、義理の両親もみな認知症です。統計では65歳以上の約5人に1人が認知症になるとされています(※3)が、私の実感では85歳ごろを過ぎたら100%なると考えて、備えておいた方が良い気がしています。
※3 出典:内閣府「平成29年版高齢社会白書」によると、2025年には65歳以上の約5人に1人が認知症になると予測されている

黒田:人間誰しも、生きている限り、いずれは要介護状態になる可能性は高いですよね。親の介護は気が重いかもしれませんが、自分たちの将来への予習だと考えましょう。そして、自分自身の介護ではそれを復習するようなイメージです。親の介護を通して、施設やサービスについて情報を得ておけば、いざというときに具体的に何をしたら良いのか、どこに駆け込めば良いのかを知ることができて、自分の老後への不安も減ります。自分ごととしてとらえるのが大事です。

上大岡:自分の死について考えるのは縁起が悪いというのは、一昔前のことではないでしょうか。自分の死を考えることで、これからどうしていこうかと考えられるようになると思います。

黒田:そうですね。何歳で施設に入ると仮定して逆算すれば、それまでに旅行をしておきたいとか、お金はこう使いたいと考えられます。

上大岡:自分にとっての優先順位がわかりますよね。この人生で自分が何をしたいのかを突き詰めて考えられるようになる。いつ考えても決して早くないと思います。

黒田:老後にびくびくしながら生きると人生は楽しくない。いまできる備えをしたら、あとは気楽に暮らしましょう。

上大岡:黒田先生のおっしゃる通り。備えた上で、今を楽しく生きましょう!

<クレジット>
取材/ライフネット生命公式note編集部
文/三田村蕗子
撮影/村上悦子

<プロフィール>

黒田尚子(くろだ・なおこ)
1969年富山生まれ。立命館大学卒業後、1992年(株)日本総合研究所に入社1998年、独立系FPに転身。現在は、各種セミナーや講演・講座の講師、新聞・書籍・雑誌・ウェブサイトへの執筆、個人相談等で幅広く活躍。2009年12月に乳がんに罹患し、以来「メディカルファイナンス」を大テーマとし、病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動も行っている。CFP® 1級ファイナンシャルプランニング技能士、CNJ認定 乳がん体験者コーディネーター、消費生活専門相談員資格を保有。
黒田尚子FPオフィス

上大岡トメ(かみおおおか・とめ)
東京生まれ横浜育ち、山口県在住。1988年東京理科大学工学部建築学科卒業、イラストレーターに。著作にミリオンセラーの『キッパリ!たった5分間で自分を変える方法』(幻冬舎/2004年)、『老いる自分をゆるしてあげる。』(幻冬舎/2021年)ほか。2021年に黒田尚子さんが読み手を務めた『マンガで解決 親の介護とお金が不安です』(主婦の友社)を出版し、2024年に同社よりシリーズ第2弾となる『マンガで解決 親の認知症とお金が不安です』を発表。新作では黒田さんに加え、認知症や地域医療に詳しい杉山孝博医師も監修を務めている。