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もし家族や身近な人が認知症になったら? 起こりうる問題と家計への影響

昨今、急速に進む高齢化によって、多くの人が認知症と関わる可能性があると言われています。実際に自分自身や家族、大切な人が認知症になったらどのような問題が発生し、家計にはどのくらい影響するのでしょうか。
 
2023年12月4日、ライフネット生命で、「認知症とお金」をテーマに社内勉強会を開催しました。ご登壇いただいたのは、ライフネット生命公式noteでおなじみのファイナンシャルプランナー・黒田尚子さん。
若い世代から中高年世代まで、誰もが知っておきたい認知症。その情報が盛り込まれた勉強会の内容を2回にわたってお届けします。

<当日のプログラム>
(1) 知っておきたい認知症の基礎知識←今回
(2) 認知症が家計に与える5つの問題←今回
(3) 認知症による経済的リスクに備える方法
(4) 質疑応答


2040年、65歳以上の高齢者の約半数が認知症になる見通し


最初に、認知症について正しく理解するために、基礎知識の説明から始まりました。
 
「誤解されている方が多いのですが、認知症は病名ではありません。加齢に伴う状態を表す言葉です」と黒田さん。認知症とは、記憶力や判断能力などの脳の働きが何らかの原因で低下し、次第に悪化して、仕事や日常生活に支障をきたした状態を指します。

黒田尚子さん

主な症状は、「中核症状」「周辺症状」の2つ。
中核症状には記憶障害のほか、今がいつか、今どこにいるかがわからなくなる見当識障害が含まれます。
周辺症状は、興奮や妄想、うつのように、環境や心理状態などによって現れる症状です。
 
高齢化が急速に進む中、認知症になる人の比率は年々高まっています。65歳以上の高齢者で認知症の人は2012年に462万人だったのが、2030年にはその1.8倍の830万人、さらに2040年には高齢者の46.3%が認知症になる可能性があると推計されているそうです。
 
そして、認知症と切り離せないポイントに「介護」が挙げられます。黒田さんは、要介護になる原因のうち認知症は18.1%と最も多いことを指摘しました。ただし男女別に見ると違いがあり、男性は「脳血管疾患(脳卒中)」が24.5%、女性は「認知症」19.9%が最も多くなっています(※1)。


認知症になった場合、かかる費用はどのぐらい?


自分や家族が実際に認知症になったら、家計にどのような影響が出るのでしょうか。黒田さんは次の5つを挙げました。

1.支出増
2.収入減
3.財産管理
4.損害賠償請求
5.消費者トラブル

今回の勉強会では、「1.支出増」「2.収入減」「3.財産管理」について詳しく解説していただきました。
 
1つ目の影響は「認知症による支出増」です。介護にまつわるお金の考え方の基本として、「介護期間の平均は61.1ヶ月、介護費用の平均は約580万円」(※2)が目安になります。ただし、この数字は在宅介護なのか、施設介護なのか、要介護度、認知症や既往症の有無などによって大きく変化します。
「医療費も介護費用も、公的保障をベースに考えましょう。特に、介護にかかるお金はいくらかかるかよりも、いくらまでかけられるかを考えることが大切です」

続いて、認知症にかかる費用の内訳をみてみましょう。まずは医療費。認知症の検査や治療にかかる費用が考えられます。公的医療保険の対象であれば、かかった医療費のうち、1〜3割が自己負担となります。
 
さらに、1ヶ月あたりの費用で考えるときには、高額療養費制度をベースに考える必要があります。高額療養費制度とは、医療費が上限額を超えた場合、その超えた金額が払い戻しされる制度のこと(上限額は年齢や収入により異なる)。70歳以上の場合、外来での医療費に上限額が設定されていて、「一般」の所得として区分されている、「課税所得が145万円未満の方」であれば、外来での医療費は月18,000円が上限額です。さらに、年間ベースだと上限額は14万4,000円となっており、二段階で負担が軽減できるようになっています。こうした金額も一つの目安となります。
 
そして、介護福祉施設サービスや認知症デイサービスなど、認知症の介護にかかる費用。公的介護保険も同様に、1〜3割が自己負担です。ただし介護については、これ以外にもかかる費用があることに注意が必要だと黒田さんは言います。
 
「公的介護保険には、要介護度の段階によって上限があります。もし、上限以上のサービスを利用したい場合や公的保険が適用されないサービスを利用したい場合は、全額自己負担になります」

では、公的介護保険が適用されない費用には、どのようなものがあるのでしょうか。

<実際に黒田さんが受けた相談事例のうち、公的保険が適用されない費用の一例>
・認知症の高齢者が車で遠方へ移動。移動した車を現地から自宅まで搬送した。運転代行費用で約6万円かかった
・介護事業者に認知症の家族の捜索を依頼して、人件費として約2万5,000円かかった
・法定後見制度を利用して費用がかかった
  -裁判所への申立て 約5,000 円~1万円
  -医師の診断書・鑑定 約5,000 円~1万円
  -必要書類の取得費用 数千円
  -専門家(司法書士、弁護士)報酬 10~20万円
  -成年後見人への報酬 2~6万円(月額)
  -成年後見監督人への報酬1~2万円(月額)
         など、日常的な困りごと伴う出費や認知症を発症した本人ができない手続きを進めるための費用がかかる

このような費用はどのくらいの期間、かかり続けるのでしょうか。下表のとおり最も割合が大きいのは「2〜3年未満」の15.8%。続いて、「10年以上」14.7%、「1〜2年未満」12.1%で、平均すると4.9年間とばらつきが大きいのが特徴です。

「認知症の方は同じ年齢の正常な人と比べると、老化が約2〜3倍のスピードで進むと言われているんです。認知症介護にはお金がかかるから大変と思われていますが、認知症発症から看取るまでの期間が意外にも短くなる可能性があります」
 
介護離職者に絞ると、10年以上介護をした人は22.6%、介護期間の平均は約6年(※3)と長期化しているデータもあります。理由は、家族が同時に認知症を発症するケースがあるからです。
 
先ほど、介護費用の平均は約580万円でしたが、認知症介護にかかる総額の平均は、約258万円。ただし、5人に1人は500万円以上の費用がかかっており、2,000万円以上かかったという回答も約2%(※4)ありました。こちらも人によってばらつきが大きくなっています。
 
「認知症の社会的費用は、医療費、介護費、インフォーマルケアコストの3つがあります。インフォーマルケアコストとは、家族などが無償で提供する介護の費用です。これが意外にも高く、要介護者1人あたりの年間382万円(※5)にも上ります。なお、この調査では、見守りの時間や、介護サービスを利用していない認知症の人は含まれていないので、実際には、もっと高い可能性もあります。もし介護離職をする場合は、このコストも考えなければなりません」


認知症による収入減の問題で気をつけたいこと


2つ目の家計への影響は「認知症による収入減」。収入が減少するのは、家族が認知症になったときの介護離職のほか、自分自身が若年性認知症になるケースもあります。

「認知症による収入減の問題は40〜50代の方に多いと思います。というのは、若年性認知症(65歳未満で発症する認知症)になるケースがあるからです。症状は老年期で見られる認知症とほぼ同じですが、若年性の場合は、症状がうつ病と混同されやすく、本人も周囲も、まさか認知症だと思っていないので、発見が遅れがちです」
 
若年性認知症の場合、お仕事をされている方がそれまでのペースで働けなくなることもあり、老年期での発症よりも家計への影響が大きくなります。日本医療研究開発機構の調査によると、発症後に収入が減った方は7割とのこと。さらには老年期の認知症に比べて症例数が少ないことから情報が少なく、社会から孤立しやすいという問題があるそうです。
 
もう1つ注意が必要なのは、親の介護と就労を両立しなければならない場合です。これについて黒田さんは、次のようなケースを想定して解説しました。
 
「現在、子どもが45歳、親が70歳で、子どもが70歳でリタイア、親が80歳になってから介護をスタートさせる場合、子どもの就労期間は45歳から70歳まで。介護期間は55歳から親が亡くなるまでとなります。すると、子どもは55歳から70歳までは介護と就労を両立させなければなりません」

「両立の時期は介護のお金を負担することになりますから、子ども自身の老後にも影響がおよびます。また、厚生労働省「令和4年簡易生命表」によると、現在の平均寿命は男性が81.05歳、女性87.09歳ですが、健康寿命は男性が72.68歳、女性が75.38歳です。親がこのぐらいの年齢になったらどうするのか、家族で話し合っておくことが大切です」
 
最後に3つ目の家計への影響として、「財産管理対策」について触れました。認知症が悪化して判断能力が低下してしまった場合、あらゆる契約ができるのは「法定後見制度」だけになってしまうことに注意すべきだと黒田さんは強調します。
 
「認知症になってしまったら、遺言書の作成贈与の特例など、相続対策に活用できるお得な制度が利用できなくなります。子どもや孫に住宅資金や教育資金を贈与することもできなくなる。しかし認知症になる前なら、ニーズに応じてさまざまな選択ができます。早め早めに対策をすることが肝要です」
 
後編では、認知症による経済的リスクに備える方法をお届けします。

*後編はこちら↓

出典:
※1 厚生労働省「国民生活基礎調査(令和元年)」
※2 生命保険文化センター「2021(令和3)年度生命保険に関する全国実態調査」
※3 株式会社太陽生命少子高齢社会研究所「認知症介護に関する調査」(2022年9月16日公表)
※4 株式会社太陽生命少子高齢社会研究所「認知症介護に関する調査」(2022年9月16日公表)
※5 厚生労働科学研究費補助金(認知症対策総合研究事業) 「わが国における認知症の経済的影響に関する研究平成26 年度 総括・分担研究報告書」(平成27 年3 月)

<クレジット>
取材/ライフネット生命公式note編集部
文/森脇早絵
撮影/村上悦子

<プロフィール>
黒田尚子(くろだ・なおこ) 1969年富山生まれ。立命館大学卒業後、1992年(株)日本総合研究所に入社。1998年、独立系FPに転身。現在は、各種セミナーや講演・講座の講師、新聞・書籍・雑誌・ウェブサイトへの執筆、個人相談等で幅広く活躍。2009年12月に乳がんに罹患し、以来「メディカルファイナンス」を大テーマとし、病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動も行っている。CFP® 1級ファイナンシャルプランニング技能士、CNJ認定 乳がん体験者コーディネーター、消費生活専門相談員資格を保有。
●黒田尚子FPオフィス