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認知症を発症した人ががんになった場合の困難事例──「本人が治療について判断できない」が最多に

入院や通院を要する病気は、一つ発症しただけでも本人やその家族が苦労してしまうものです。加齢とともにかかりやすくなる病気も増えていくため、高齢者の方は複数の病気を同時に治療する場面も出てくるでしょう。そうしたケースの中に含まれているのが、認知症を発症した人ががんになるケースです。


認知症による「もの忘れ」が引き起こすこと


認知症とは、さまざまな病気により、脳の機能が社会生活に影響を及ぼすレベルまで低下した状態のこととされています。「認知症という病気になる」のではなく、「病気などにより認知症という状態になる」というのが正しいようです。年齢を重ねていくにつれて発症の確率が高くなるという性質上、高齢化が進む日本では年々認知症となる人が増加していくとみられています。

加齢に伴って起こる「もの忘れ」と認知症による「もの忘れ」には違いがあり、例えば

・「朝ごはんに何を食べたか忘れた」のように体験の一部を忘れてしまうのが加齢によるもの忘れ

・「朝ごはんを食べたこと自体を忘れる」といった体験・行動そのものを忘れてしまうのが認知症

とされています。また、こうした記憶に関することだけでなく、運動や言語にも影響が出ることや、行動面の症状(暴言や徘徊など)や心理症状(抑うつ、妄想など)が出る人もいるそうです。

認知症で低下する認知機能
●もの忘れ(記憶障害)
●時間・場所がわからなくなる(見当識障害)
●理解力・判断力が低下する
●仕事や家事・趣味、身の回りのことができなくなる
●行動・心理症状(BPSD)

出典:国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所
「こころの情報サイト」認知症 より抜粋

加えて、最近では健常な状態ではないものの認知症とまではいかない、認知症の前段階とされる状態、軽度認知障害(MCI)にも注目が集まっています。

認知症を発症すると、判断力の低下により、日常生活を送ることが困難になります。そうした状態のときに、治療が必要な病気にかかった場合、その治療は健常な状態の人とは別の難しさがあるようです。


認知症患者ががんになった場合に起こる医療現場の困難事例


日本対がん協会「がん診療連携拠点病院における認知症整備体制に関する全国実態調査」では、97.7%の医療施設が「認知症患者への対応に困った経験がある」と回答しています。


事例①:本人が治療について判断できない

特に多かった困難事例として挙げられているのが、「本人が治療について判断できない」というものです。

がんの治療では、がんの状態などを検査結果から知り、担当医と相談のうえで治療法を決定するのが一般的な流れとされています。しかし認知症により判断能力が低下してしまっている人の場合、自分の状態の把握や担当医の説明から治療法を決定することが難しくなるようです。


事例②:抗がん剤治療の管理が難しい

「在宅での抗がん剤服薬の管理の支援者がいない」「在宅での抗がん剤治療中の副作用(下痢や発熱、痛み、悪心)などを患者本人が周囲に伝えることができない」など、在宅での治療に課題が生じているケースも多いようです。

がんの治療に用いる抗がん剤の中には、経口タイプの在宅で服用できる薬剤もあります。がんへの効果や副作用の状況を担当医と確認し合いながら、体への負担などを考慮して治療を進めていくのが一般的です。しかし、認知症を発症した状態の人は、薬を飲むことを忘れてしまったり、自分に必要なものだということがわからず薬を飲むことを拒否したりすることがあるといいます。


事例③:セルフケアを行えないケースがある

さらに、がんにかかった後には適切なセルフケアを要することもあり、その面でも困難が生じるとされています。特に多いのは「栄養バランスや回数など適切な食事管理ができない」「大腸がん手術後の在宅でのストーマケアの支援者がいない」などのケース。

大腸がんの治療法で手術を選択した場合、腹部あたりに人工肛門(ストーマ)を作ることがあります。ストーマには排泄物を溜めるための袋を装着し、日常的に排泄物の廃棄や袋の交換といったケアをしなくてはいけません。しかし、認知症となった人は体験・行動を忘れてしまう症状があるので、ストーマのケアに人手が必要となります。単身などであるため身近に頼れる人がいない場合、どのように支援者を確保するかが課題になりそうです


働き盛り、30~40代での「若年性認知症」の発症も

認知症というと高齢者の方が発症するものという印象が一般的ですが、65歳未満で認知症を発症する「若年性認知症」もあります。厚生労働省の「若年性認知症実態調査結果概要」によると、若年性認知症の患者数は全国で3.57万人と推計されています(2020年時点)。がんの罹患率が増え始める30代~40代にも若年性認知症を発症する可能性があると考えると、働き盛りの世代にとってもこうした問題は他人事ではありません。


特定の病気への備えだけではなく暮らし全体を支える仕組みづくりが重要に


一般的に、年を重ねていくごとに病気となる確率は高くなっていくものです。そのため、特定の病気だけに備えるのではなく、病気全般の治療、そして病気になったときの日常生活全体を支える仕組みづくりを事前にしておくことが大切です。

例えば、家族がいる場合は家族への負担軽減、単身者であれば第三者の手を借りなくてはいけない場面での人手の確保などを考えておきたいところです。

そして、そうしたときに頼れるのはやはり「お金」の存在。利用できる公的制度や給付金がないか、あらかじめ調べておくことは欠かせません。
不足分を補う保険や貯蓄は本人の認知能力が低下したときに、お金の引き出しや請求が難しくなることもあります。指定代理請求人を設定したり、成年後見制度をチェックしたりしてみましょう。そうすることで、生活に工夫が必要となった場合でも、解決のために取れる選択肢が広がることが期待できます。


軽度認知障害(MCI)の段階であれば認知症予防が可能な場合も


また、認知症の早期発見・早期治療を図れるように、普段から心がけておくのも良いでしょう。認知症の前段階とされる軽度認知障害(MCI)の段階から健常な状態へと移行するケースが年間約16~41%と一定数あることもわかっています(日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン2017」より)。「この頃もの忘れが多いな」と感じたり、家族や仕事仲間に変化を指摘されたりしたタイミングで、もの忘れ外来を受診するようにしましょう。

高血圧や肥満、運動不足なども、認知症になるリスクを高めるとされています。生活習慣の改善や、運動習慣をつけることを意識して、将来の自分が安心して暮らせるように備えていきたいですね。

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<クレジット>
文/年永亜美(ライフネット生命公式note編集部)